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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)174号 判決

栃木県宇都宮市兵庫塚3丁目7番地8号、

私立高級科学研究所内

原告

深井清達

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

横田和男

井上元広

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第17976号事件について平成6年6月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続

原告は、「揚水発電所」とする題する発明(以下「本願発明」という。)について、平成2年9月22日、特許出願をした(平成2年特許願第252957号)ところ、平成5年8月13日、拒絶査定を受けたので、同年9月10日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成5年審判第17976号事件として審理した結果、平成6年6月28日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を同年7月13日、原告に送達した。

2  本願発明の特許請求の範囲の記載

「下部水槽(24)から水を揚水管(7)を通じてモーター(19)に直結されたポンプ(6)で高架水槽(8)へ揚水させ、高架水槽(8)の下部に接続する内面のなめらかなパイプ(14)内の流速(22)の制御用バルブ(16)を自動的に上下に調節する調節機構(17)に鋼棒で直結させ、ニードルバルブ(10)を内蔵するノッズル(23)をパイプ(14)の先端に装着し、ニードルバルブ(10)を負荷に応じて自動的に前後に移動させうる様に調節機構(9)を直結せせ(「させ」の誤記と認められる。)、ペルトン水車の主軸(13)に発電機を直結して成る、電力を新たに創造することを特徴とする揚水発電所。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由

別紙審決書写し記載のとおりである。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明の構成の装置においては、そのノッズル23から噴出する水の噴出速度は24.25m/sであり、それが300m/sとなるとは認められないとし、本願明細書に記載のように、揚程30mの条件でノッズル23から流速300m/sの水を流出させ、31494kwの発電力を得ることは不可能であるとし、本願発明は、特許法29条1項柱書の発明に該当しないとするが、上記認定判断は、以下に述べるとおり、誤りである。

すなわち、高さ20m、上部の内径6.5mのジョウゴ状タンクの下端に内径6.5cmのパイプを4571mの長さまで接続した装置(別紙図面2参照)に常時給水した場合、上記パイプの末端の栓を開くと、重力で降下加速され、31秒後にはパイプ内の流速は300m/sとなることは落体の法則(時間をt、高さをH、重力加速度をg、速さをvとしたとき、〈省略〉、v=gt)から明らかなところである(なお、本願発明は前記のとおり落体の法則で説明可能であるが、トリチェリーの定理、〈省略〉によっても同様の結果が得られるものである。)。このとき、落差4591mの長さまで接続したパイプの内径は同一であることから、連続の式により、落差30mの位置におけるパイプ内の流速も300m/sとなっていることも明らかである。そこで、前記ジョウゴ状タンクの水面から30mのところで前記パイプを切断し、4561mのパイプ部分を除去したとすると、残部のパイプ内の流速は、重力で加速されつつあることから、300m/sから301m/sあるいは303m/sに増速することは疑問の余地がない。したがって、上記のような装置において、最初からパイプの30mのところに栓をし、満水状から栓を開いた場合、当然31秒後には流速は300m/sとなることは明らかである。

被告は、前記の装置において水面から30mのところでパイプを切断した場合には流速は300m/sを継続することはなく、24.25m/sとなると主張するが、もしこのように、パイプが30mのところで切断された場合、ノッズルから噴出する水の流速が切断の瞬間に300m/sから24.25m/sになるとしたら、運動のエネルギーは速度の2乗に比例するから、噴流の持つ運動のエネルギーが一瞬にして1/153に減ったことを意味し、エネルギー保存の法則にも反するものであって、かかる見解が誤りであることは明らかである。

よって、審決の認定判断が誤りであることは明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認める。審決の認定判断は正当である。

原告は、本願発明の装置においては、揚程30mとの条件でノッズル23から流速300m/sの水を噴出できるとするとし、その根拠は、〈1〉パイプの末端の栓を開くと、パイプ内の水は常に重力によって加速されつつあるから、31秒位で300m/sになること、〈2〉落差が4591mあるパイプの末端の栓を開くと、31秒後にはトリチェリーの定理によってパイプ内は300m/sとなり、そこで、ジョウゴ状タンクの水面から30mのところで切断し、以下の4561mを除去しても残部のパイプ内の水は300m/sを継続することにあるとする。

そこで、まず〈1〉についてみると、パイプ中を流下する水の流速は、パイプの断面積が一定である限り一定である、との連続の法則(連続の式ともいう。)が妥当するものであるから、パイプ内の水は、常に、重力で加速されつつあって、時間とともに増速することはないというべきである次に〈2〉についてみると、トリチェリーの定理は、V2=2gh(gは重力、hは高さ)で表されるから、落差が4591mあるパイプの末端の栓を開くと上記定理によって、水はノッズルから300m/sで噴出することは明らかであり、この場合にはもちろん水面から30mのパイプ中の流速も300m/sであることは明らかである。

しかしながら、連続の式は、流体が連続していることにより成立する式であるから、連続が破れれば成り立たないことは明らかである。したがって、水面から30mのところで前記パイプを切断した場合には、もはや連続の式は成り立たないから、切断前におけるパイプ中の流速300m/sを継続するとはいえない。この場合ノッズルから噴出する水の流速は、トリチェリーの定理の前記式によれば、〈省略〉となるから、審決の認定に誤りはない。なお、落体の法則及びトリチェリーの定理が原告主張のような関係式で表されることは認める。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  取消事由について

(1)  成立に争いのない甲第1号証(本願発明の平成4年特許出願公開第271247号公報)によれば、本願発明の特許請求の範囲には、請求の原因2項と同一の記載があることが認められる。

そこで、上記特許請求の範囲の記載及び前記公報の詳細な説明の欄の記載を参酌しながら、以下、本願発明の技術的意義を検討する。

前掲甲号証によれば、本願明細書には、「この発明は、揚水発電所に関係した特に公知の実験事実を応用して電力を創造する事に関係する。実験事実を記載した流体力学の文献によると、第1図の様な水槽(1)に内面のなめらかなパイプ(21)を直結し水を補給しつつ流下させると流下速度が毎秒数百mに達し、更に増大する危険を見せた、と報告されている。また、報告は、流体力学によると非圧縮性流体の流線管内の流体は途中で消失せず、定常流であれば、流線管の横断面積Fとその点の流速vとの積は、その流線管については到る所一定でFvで、連続の式として知られており、点(2)、(3)では流下速度(4)と常に同一である。点(2)の水が点(3)の所に来ると増速し全体が増速された流下速度(4)になり高速度の数百mにもなる、と解説してあった。この発明は前述の実験をそのまま生かした発明であるから、実験済の発明と言いうる。」(1頁左欄下から2行ないし右欄15行)、「従来の揚水発電所は単に余剰電力のある時揚水して電力需要の増大時等に備えようと言うのであるが、この発明は電力を創造することに設立目的があって、特異の発明と言いえよう。」(前同頁右欄下から4行ないし末行)との各記載が、また、本願発明の実施例に関して、「この発明はジェット水の速度(15)が高速になるように利用するのが目的であるから、水車はフランシス水車、カプラン水車も使用しうるが、ペルトン水車が有利なので、その実施例を第2図にあげた。下部水槽(24)から水を揚水管(7)を通じてモーター(19)に直結されたポンプ(6)で高架水槽(8)へ揚水させ、高架水槽(8)の下部に接続する内面のなめらかなパイプ(14)内の流速(22)の制御用バルブ(16)を自動的に矢(18)の方向に上下に調節する調節機構(17)に鋼棒で直結させ、ニードルバルブ(10)を内蔵するデフレクター付ノッズル(23)をパイプ(14)の先端に装着し、ニードルバルブ(10)を負荷に応じて自動的に前後に移動させうる様に調節機構(9)を直結させ、ペルトン水車の主軸(13)に発電機を直結し、その電力の一部をモーター(19)に提供し大部分の電力を外部に提供しうる全体的機構をもってなるのである。ペルトン水車はランナー(12)の外周に複数個のバケット(11)が固定され、流水方向(20)、水槽(8)を経て水は流下速度(22)が300m/sで常用されたとして、パイプ(14)内の横断面積とジェット水の速度(15)が持つ横断面積が同じなら総て300m/sで移動しバケット(11)を高速で回す訳である。速度(15)が300m/sなら落差Hは4591mに相当し、図中の落差(5)が30mとしたとき、毎秒水量Qを1m3とすれば理論水力9.8QH、発電所効率0.7として、発電力は約31.494kwに達し、しかもノッズル(23)から出るジェット水の速度(15)は約300m/sで直径は約6.5cmに過ぎない。一方落差(5)を30mとして流量1m3/s且つポンプ(6)とモーター(19)の合成効率0.25として、提供を受ける電力は1176kwになり、結局外部に提供出来るこの永久機関の能力は(31494-1176)=30318kwとなる。」(2頁左上欄12行ないし左下欄9行)との記載がそれぞれ認められる。

(2)  そこで、以上の各記載をもとに、本願発明の技術的意義を検討する。

前項に認定の各記載によれば、本願発明は、「電力を創造する」ものであり、その実施例に示されたところによれば、パイプ内を流水が300m/sの速さで流下する場合には、原告が援用する当事者間に争いのない落体の法則(原告主張の前記の式からみて、「自由落下の公式」に相当するものである。)が示す前記関係式によれば、流水の落差は、4591mに相当する。そうすると、水量を毎秒1m3とすると、この場合における理論水力は発電所効率を0.7とした場合には、31494kwとなる(9.8×1×4591×0.7=31494)。他方、揚程30mでパイプ管内の水1m3について流速300m/sが得られれば、それに要する電力はポンプとモーターの合成効率を0.25とした場合には1176kwとなる(9.8×1×30÷0.25=1176)。したがって、上記の場合に創造された電力は30318kwとなるというものである。

ところで、上記のことが成り立つためには、揚程30mで前記パイプ管内の水の流速が300m/sに達することが必要であるが、前記認定の記載事項によれば、原告は、その理論的根拠を、落体の法則及び連続の式に求めていることは明らかである。

そこで、この点を検討すると、成立に争いのない甲第9号証(産業図書株式会社発行、植松時雄著「水力学」32、33頁)によれば、「定常流においては、流線管の横断面積とその点の流速との積は、その流線管については到る所一定である。」との関係が成り立つもので、この関係を連続の式と称するものであると認めることができ、この点は被告においても争わないところである。したがって、この連続の式によれば、定常流のもとでは一定の太さのパイプではその横断面積が一定であることから、その流速は常に一定であるということができ、かかる横断面積一定のパイプの長さが4591mであるとした場合には、その流速が300m/sであれば、どの箇所をとっても、すなわち本願発明において採用する水面から30mのところおいても流速は等しく300m/sとなるものであることは明らかである。

原告は、このことから、上記パイプを水面から30mの位置で切断し、その下部を除去した場合においても、なお、流速は300m/sを維持しているはずであるとし、これが本願発明の実施可能性を裏付ける重要な理論的根拠をなすものであることは前記のとおりである。

そこで、進んでこの点を検討すると、30mの位置で切断された前記のパイプ内を定常流が流下する場合、このパイプ内のどの箇所をとっても流速は一定であることは、前記の連続の式に照らして、明らかである。そこで、この場合の流速を原告が依拠する落体の法則の前記関係式に従って算出してみると、〈省略〉、v=gt=9.8×2.5≒24.5となることは明らかであるから、前記落差30mの流管内の流速は、そのどの箇所をとってみても約24.5m/sになることは明らかなところである(なお、流体を扱う場合には、原則として、トリチェリーの定理によるべきものであるが、流体の流速を求めることは、流体の有する位置エネルギーを速度エネルギーに変換することを意味するものであるから、落体の法則によっても同じ公式が導かれるものであり、その意味でいずれによってもよく、本件の結論に直接影響を及ぼさないから、この点についての検討は必要ではない。)。

したがって、落差30mのパイプ内を流下する水の速度は、原告が依拠する落体の法則に従う限り、秒速約24.5mとなることは明らかであるから、この場合においても4591mの高さから流下した場合の流速である秒速300mが得られるとする原告主張は誤りであるといわざるを得ない。結局、この点に関する原告の主張は、落差4591mの場合と落差30mの場合の流速を等しいとするものであって、その依拠する落体の法則とも矛盾するものであることは明らかであって、到底、採用することは困難といわざるを得ない。

確かに、前記の連続の式によれば、落差4591mのパイプ内を流下する水の流れが定常流であるとした場合、その流速がそのいずれの箇所においても秒速約300mである以上、これを水面から30mの位置で切除した場合、慣性力の存在等を考慮すると、瞬時に前記の秒速約24.5mに減速するものではないとしても(本願発明は前記のとおり、発電設備であり、秒速300mの定常状態の流速を利用するものである以上、上記のような瞬時の流速を問題とする余地のないものであることは当然である。)、これが過渡状態から定常の状態になった場合には、もはや秒速300mの速さを維持し得るものでないことは、原告自身が依拠する落体の法則に照らして明らかであることは前記のとおりであるから、前記のように減速するとしたならエネルギー保存の法則に反する旨の原告の主張も採用できない。

以上によれば、本願発明は理論上実施不能であるといわざるを得ず、他に本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠はない。

(3)  したがって、本願発明は特許法29条1項柱書の発明に該当しないとした審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

3  よって本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

平成5年審判第17976号

審決

平成5年審判第17976号

栃木県宇都宮市兵庫塚3丁目7番地8号私立高級科学研究所内

請求人 深井清達

平成2年特許願第252957号「揚水発電所」拒絶査定に対する審判事件(平成4年9月28日出願公開、特開平4-271247)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 本願は、平成2年9月22日の出願であって、その発明の構成要件は、その特許請求の範囲に記載されたとおりの揚水発電所であるものと認める。

Ⅱ. これに対する当審における平成6年3月8付けの拒絶の理由の概要は、「本願発明は、外からエネルギーを補給しなくても無限にエネルギーを取り出すことができる永久機関の提供を意図したものであることが明かであるが、このような永久機関は、現在の物理学上、エネルギー保存の法則という自然法則に反し、実施不可能とされているものである(これが物理学上定説となっていることについて、例えば、戸田盛和著「熱・統計力学」1983年11月7日、株式会社 岩波書店発行。その第16頁~18頁参照)。

これに対して、本願明細書の記載及び上申書の主張によれば、本願明細書及び図面に記載された構成の装置によって31494kwの発電力を得ることができるのに対し、ポンプを駆動するのに要するエネルギーは1176kwにしかならないから、エネルギー保存の法則は自然法則に反することが立証されたと主張しているものと解される。

そして、31494kwの発電力を得ることができるのは、本願明細書及び図面に記載された構成の装置によれば、揚程30mという条件でノッズル23から流速300m/sの水を噴射させることができるからである旨本願明細書に記載されている。

しかしながら、この主張を裏付ける本願明細書の記載と上申書における主張によっては、本願明細書及び図面に記載された構成の装置によって揚程30mという条件でノッズル23から流速300m/sの水を噴射させることができるとは認められず、したがって、エネルギー保存の法則が自然法則に反することが立証されているとは認められない。

そして、本願明細書及び図面に記載された構成の装置においては、トリチェリーの定理が適用できないとみるべき根拠が見当たらないから、そのノッズルから噴出する水の流速はトリチェリーの定理から導き出されたもの(24.25m/s)と解するのが相当である。他にノッズルからの噴出速度が300m/sになるとは認めるに足りる根拠が見当たらない。

したがって、本願明細書の記載及び上申書の主張によっても、エネルギー保存の法則が自然法則に反することが立証されているとは認められず、したがって、本願発明は、エネルギー保存の法則という自然法則に反する発明であるから、特許法第29条第1項柱書の発明に該当せず、特許を受けることができない。」というものである。

Ⅲ. 上記の当審の拒絶の理由に対して審判請求人は、平成6年3月25日付け、同年3月26日付け、同年3月27日付け、同年3月28日付け、同年3月29日付け、同年3月30日付け、同年3月31日付け、同年4月1日付け、同年4月2日付け、同年4月3日付け、同年4月4日付け、同年4月8日付け、同年4月9日付け、同年4月25日付け、同年4月26日付け、同年4月28日付け、同年4月30日付けで意見書を提出した。

これら意見書における主張は錯綜していて、その主旨を各意見書を通じて一貫したものとして把握し難いものであるが、その主張の要点は、下記のようなものと解される。

1. パイプ14中の水は、一体となって自由落下の様に加速されて24.25m/s+gtの割りで増速し、31秒もたてば300m/sに達する。もしも加速しなければ、水槽とパイプとの接合部が破壊する。したがって、ノッズルから300m/sの水が噴出する。

2. じょうご状部中の水は、9.8m/s2の重力加速度の作用を受け300m/sの速度に徐々に加速し、ノッズルからは300m/sの水が噴出する。

3. 本願明細書及び図面に記載された構成の装置においてはトリチェリーの定理は適用されない。

例えば、じょうご状部の下部から水面までの高さを20mとした場合、トリチェリーの定理によって、その位置の水の流速は19.8mに固定されねばならない。一方、パイプ最下部から水面までの高さは30mであるから、トリチェリーの定理によれば24.25mである。一様の内径を持つパイプ中の水の流速は24.25mでなければならないから、パイプ最上部の水の流速も24.25mでなければならない。しかしながら、パイプ最上部、すなわち、じょうご状部の下部の流速は、先の計算によれば19.8mであることが必要であり、同じ位置の流速が両方の計算で異なることとなる。このことは、本願明細書及び図面に記載された構成の装置においてはトリチェリーの定理は適用されないことを意味する。

また、〈省略〉というトリチェリーの定理は、大水槽の側壁に小オリフィスをあけた場合に適用できる。これに対して本願発明にかかる構成の装置のノッズルの口径は大であるから、トリチェリーの定理は適用できず、〈省略〉(但し、haは接近流速水頭)で表され、トリチェリーの定理は適用できない。このような場合には、パイプ内の水の上部は常に速度をv=gtという関係で速められる。

4. 地方の教育大学付属高校の理科の入試問題に本願明細書添付第1図とそっくりの構成においてパイプ中の水の速度が放水後10秒たつと、いくらになるかを問うものがあり、正解を98m/sとしたものがある。また、平成6年4月30日付け意見書に添付した表に示すとおりパイプ内の水の流速は10秒後98m/sになることが明らかである。したがって、本願明細書及び図面に記載された構成の装置にはトリチェリーの定理は適用できない。

Ⅳ. そこで、審判請求人の上記主張について検討する。

1. 主張1について。

本願明細書及び図面に記載された構成の装置においても連続の法則、すなわち、この装置の上部から下部まで断面積と流速の積が、どの部位においても一定であるという法則が成立することは審判請求人も自認するところである。

そこで、仮に、パイプ中を流下する水の流速が下方に行くに従って大きくなる状態を想定すると、このことは、流速と断面積の積、すなわち流量がパイプの上方より下方に行くに従って増大することを意味する。パイプの断面積が一定である限り、連続の法則に反し、このようなことは起こり得ない。

一方、この主張は、水槽内の水面からノッズルに至る間、これを流れる水全体の流速がv=gtという式に従って一体となって次第に大になるという意味とも解される。

しかしながら、このことは、水槽内の水面からノッズルまでの落差が一定であるにもかかわらず、ある位置の水の流速と断面積の積、すなわち流量が、時間の経過と共に大になるということを意味する。このようなことは、ダム湖の水位が一定で放水口の口径が一定である場合、放水される水の流速と流量は常に一定であるという経験則からみても有り得ないことである。

しかも、v=gtという式は、物体が自由落下する時、理想的には真空中で空気の抵抗、圧力等の影響を受けることなく、全く自由に落下し始めた後t時間たった時の速度vを求める式である。確かに水は重力によって流下するが、いかなる場合であってもv=gtという式を適用できると考えるのは誤りである。例えば、ある物体を同じ高さhmの地点から地表に向けて、一方は自由落下させ、他方は何らかの物理的拘束を受け、自由落下しない状態で落下させる場合とを比較すると、後者の場合には前者の場合よりも落下に要する時間は長い。したがって、v=gtという式に、この時間を代入すると、当然のことながら得られた値vは、自由落下する物体の地表到達時の速度よりも大となるが、現実は逆で地表到達時の落下速度は前者の場合よりも小である。このことは、いかなる場合であってもv=gtという式を適用できると考えるのが誤りであることを示している。

そして、本願明細書及び図面に記載された構成の装置内において水が自由落下することはないのであるから、自由落下時間とは何等関係のない時間を上記式のtとして代入し、得られた値vを水面からt時間流下した位置の水の流速であるとみることはできない。

なお、v=gtの割合で加速しなければ、水槽とパイプとの接合部が破壊する旨主張するが、破壊するか否かは、その部分の強度の問題であって、破壊する可能性があるからといって、必ず、この部分で水がv=gtの割合で加速しなければならない訳ではない。

2. 主張2について。

この主張は、じょうご状部中の水は、9.8m/s2の重力加速度の作用を受け300m/sの速度に徐々に加速する、すなわち、v=gtという式に基づいて加速するという意味と解される。しかしながら、先に述べたとおり、本願明細書及び図面に記載された構成の装置について、v=gtという式から流速を求めることは誤りである。確かに、じょうご状部を通過する間流速は大となるが、これは内径が次第に小となるため、連続の法則に従って流速が次第に大になるに過ぎない。v=gtという式とは無関係である。

3. 上記主張3について。

先ず、この主張における根拠して、じょうご状部の下部における水の流速と、パイプから噴出する水の流速をトリィチェリーの定理によって導き出し、その値に相違があることを挙げている。

しかしながら、トリチェリーの定理は、水槽内の水がオリフィスから外部に噴出する場合に、その噴出速度を求めるのに使用する定理である。本願明細書及び図面に記載された装置においては、じょうご状部の下部から水は外部に噴出せず、引き続きパイプ内を流下する。このような場合、じょうご状部の下部における水の流速をトリチェリーの定理によって導き出そうとすること自体誤りであるから、この主張は前提において誤りがある。

次に、そのオリフィスが大であるか小であるかは相対的な問題である。審判請求人が平成6年4月8日付け意見書で引用した文献においても、どの大きさのオリフィスを大と言い、どの大きさのオリフィスを小と言うのか、具体的な数値は示されていない。

そして、審判請求人が平成6年3月28日付け意見書で引用した文献にも記載されているとおり、容器の断面積よりもオリフィスの断面積が十分に小さければ、トリチェリーの定理に基づいてノッズルから噴出する水の流速の近似値を求めることができる。一方、平成6年3月27日付けの意見書によれば、本願明細書に添付された第1図に示された水槽の内径は10mであるとされている。また、本願明細書第5頁3行にはノッズルの直径は6.5cmであることが記載されている。このことからすれば、水槽の断面積よりもノッズルの断面積が十分小さいとみることができるのであって、本願明細書及び図面に記載された構成の装置においても、ノッズルから噴出する水の流速の近似値をトリチェリーの定理から導き出せるものである。

なお、トリチェリーの定理は自然法則であるベルヌーイの定理と連続の式とから導き出されるものであり(このことは平成6年3月28日付け意見書で示された文献にも明記されている)、トリチェリーの定理がこの装置に適用できないということは、自然法則であるベルヌーイの定理も適用できないことを意味する。その構成からみて、本願明細書及び図面に記載された構成の装置に限ってベルヌーイの定理が適用できないと認めるに足りる根拠が見当たらない。

これらの定理及び連続の式によればノッズルから噴出する水の流速はノッズルから水面までの高さから導き出されるのであって、装置内を流れる時間はノッズルから噴出する水の流速を求める際の要件となっていない。

しかも、〈省略〉という式も、水面からオリフィスまで水が流下する時間を流速vを導き出す要素としていないから、このような式があることをもって、パイプ内の水の上部の流速がv=gtという関係で速められると言える根拠とすることはできない。

4. 主張4について。

審判請求人は、平成6年3月29日付け意見書において、地方の教育大学付属高校の理科の入試問題に本願明細書添付第1図とそっくりの構成においてパイプ中の水の速度が放水後10秒たつと、いくらになるかを問うものがあり、正解を98m/sとしたものがあると主張するが、これが事実であることを示す証拠が示されておらず、また、先に述べた理由から、98m/sが正解であるとは認められない。したがって、この主張は採用できない。

また、平成6年4月30日付け意見書に添付した表に示す数値は実測値ではなく、審判請求人の見解に基づいて各部の流速を計算した計算値と認められる。したがって、この主張も採用できない。

5. 以上のとおり、意見書における主張によっても本願明細書及び図面に記載された構成の装置において、そのノッズルから300m/sの流速で水が噴出するとは認められず、したがって、本願明細書の記載及び意見書の主張によっては、エネルギー保存の法則が自然法則に反していることが立証されているとは言えない。

Ⅴ. したがって、本願発明は、エネルギー保存の法則という自然法則に反する発明であって、特許法第29条第1項柱書の発明に該当しないものであるから、特許を受けることができない。

よって結論のとおり審決する。

平成6年6月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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